付言事項とは?心のメッセージを遺す遺言書のあとがきの書き方

はじめに:遺言書で「想い」をどう伝えるか

遺言書を作成しても、

「なぜこのように分けたのか」「どうして長男に多く相続させたのか」といった

遺言者の「想い」や「背景」が伝わらず、

家族が不満や誤解を抱くケースは少なくありません。


その結果、せっかくの遺言書がかえってトラブルの火種になることもあります。

こうした問題を防ぐために有効なのが、「付言事項(ふげんじこう)」です。


付言事項とは、遺言書の本文(法的効力を持つ条項)とは別に記載する、

いわば「遺言者のあとがき」「心のメッセージ」。


法律上の強制力はありませんが、相続人の心に直接訴え言葉の力を持ちます。

本記事では、行政書士の立場から

  • 付言事項の意味と法的扱い
  • 実際の効果と注意点
  • 書き方・NG例・文例テンプレート
    まで詳しく解説します。

  • 相続トラブルを避けたい方、家族へ想いを遺したい方はぜひ参考にしてください。

付言事項とは?——遺言書に添える“あとがき”

1. 付言事項の定義

付言事項とは、遺言書の本文に法的な条項を書き終えたあとに加える自由記述の部分で、


「なぜこのような内容にしたのか」「家族に伝えたい感謝・願い」を記すものです。

民法には「付言事項」という用語自体の規定はありませんが、


実務上、公証人や弁護士・行政書士の間では広く認められています。


形式的には「付言」「付記」「追記」などと表現されることもあります。

2. 法的効力の位置づけ

付言事項には原則として法的拘束力はありません。


つまり、付言に「長男には財産をすべて任せる」と書いても、

それだけでは法律上の効力はなく、


あくまで本文(遺言条項)で相続分を指定しなければなりません。

しかし近年、裁判例や実務では、

付言事項の存在が相続人の意向判断や裁量の参考にされることがあります。


たとえば、遺留分侵害額請求の交渉において「なぜこの分配をしたのか」が明らかであれば、


他の相続人も感情的対立を抑えやすく、

和解・調停がスムーズに進むという効果が確認されています。

付言事項がもたらす3つの効果

1. 相続トラブルを未然に防ぐ

付言事項の最大の効果は、相続人の納得感を高め、争いを防ぐ点にあります。

「長男には家業を継いでもらうため、事業用財産を多めに相続させます」
「長女はこれまで母親の介護を一手に担ってくれたため、その感謝を込めて現金を遺します」

このように「理由」を明記するだけで、

他の相続人が「不公平だ」と感じにくくなります。


人は納得できない不平等に怒りを覚えますが、理由のあるものには理解を示しやすいのです。

2. 感情の伝達——「感謝」と「願い」を遺す

付言事項は、遺言書の中で唯一感情を表現できるパートです。


遺言者が亡くなった後、家族は書面を通してその声に触れることになります。

「これまで支えてくれてありがとう」
「皆が仲良く助け合って生きていくことを願っています」

こうした言葉は、遺された家族の心を和らげる力を持ちます。


付言を加えることで遺言全体の雰囲気がまるくなり、

家族の対立が回避できた事例も多くあります。

3. 相続後の指針になる

付言には、家の方針や人生観を穏やかに示す役割もあります。


「実家や仏壇はできる範囲で守ってほしい」「地域活動を続けてほしい」など、


家族への「お願い」を伝えることで、遺産のその後の使われ方にも影響を与えます。

何を書けばよい?具体テーマ10選

  • 感謝・ねぎらい:「長年の介護に深く感謝します」
  • 分配理由:「自宅を長女に託すのは、近居で日常管理が可能なため」
  • 介護への配慮:「相続に当たっては互いに労をねぎらってほしい」
  • 遺留分への配慮姿勢:「遺留分に関する話合いは冷静に」
  • 家業承継:「老舗の屋号・取引先を大切に」
  • 教育・学費:「学費援助の意図で生前贈与してきた」
  • 寄付:「地域文化の維持に役立ててほしい」
  • 祭祀:「仏壇・墓所は〇〇に委ねたい(※本文で指定するのが基本)」
  • 葬儀:「家族葬で静かに見送ってほしい」
  • 家族関係への願い:「互いを尊重し、話し合いで解決を」

付言事項の書き方と7つのコツ

1. 平易な言葉で書く

法律用語よりも、家族が読んで分かる優しい言葉で書くこと。


専門的な表現よりも、「ありがとう」「託します」といった自然な語彙のほうが心に響きます。

2. 一文一義・短文で

長文になると読みづらく、意味が伝わりにくくなります。


1文1メッセージを意識して、

「感謝」「理由」「お願い」を整理しましょう。

3. 宛先を明確に

「妻へ」「子どもたちへ」「家族一同へ」といった形で、誰に向けた言葉かを明確に。


受け取る相手をイメージすると、文面に温かみが生まれます。

4. 否定・攻撃の文は避ける

「〇〇には財産を渡さない」「〇〇の行いを許さない」などの言葉は、


法的効力を持たないうえに、トラブルの原因になります。

5. 本文との整合性を取る

付言に書いた内容が本文の条項と矛盾すると、遺言全体が混乱します。


「自宅を長男に相続させる」と本文にありながら、

「自宅は次男が住むように」と付言に書くのはNGです。

6. 付言だけで権利変更をしない

「長女には相続させない」などの内容は、付言に書いても法的効力がありません


必ず本文に記載し、付言は理由や願いを添える補足的役割と考えましょう。

7. 公正証書遺言なら公証人に相談

公正証書遺言でも付言を入れることができます。


口述の際に「最後に一言、家族にメッセージを」と伝えれば、

公証人が末尾に記載してくれます。

NGになりやすい付言事項

  • 相続分の指定や負担付与を付言だけに書く(法的効果が不十分)
  • 遺留分の放棄を強要(放棄は家庭裁判所の手続が必要)
  • 差別的・中傷的表現(感情を煽り紛争化)
  • 臓器提供など別様式が必要な事項の混在(所定の手続を)

付言事項「文例」 そのまま使えます

基本形(全員向け)

付言
家族の皆さんへ。これまで共に過ごし、支えてくれたことに心から感謝します。


私の財産の分け方は、それぞれの生活状況や家族への感謝を踏まえて決めました。


どうかお互いを思いやり、話し合いで円満に手続きを進めてください。

介護感謝型

付言
長い間、私の療養生活を支えてくれた〇〇に深く感謝します。


あなたの献身に報いる意味を込めて、相続では特別な配慮をしました。


他の家族もその思いを理解し、感謝の気持ちを忘れずにいてください。

家業承継型

付言
〇〇商店を守り続けてくれた〇〇に、心より感謝します。


この事業は家族全員の努力で成り立ってきました。


これからもお客様と地域を大切にし、誠実な経営を続けてください。

感謝と願いを込めて

付言
私は家族に恵まれ、幸せな人生でした。


財産は形あるものですが、私が本当に遺したいのは「絆」です。


互いを思いやり、助け合い、笑顔の絶えない家庭を築いてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 付言だけで相続分や負担付けはできますか?
A. 原則できません。配分・負担・条件は本文(遺言条項)で明記し、付言は理由・想いを補完する役割です。

Q2. 付言は別紙でも良いですか?
A. 実務上は同一遺言内で一体として記載するのが安全です。別紙にするなら、日付・署名・本文との関連を明確に。

Q3. 公正証書遺言でも付言は入れられますか?
A. 可能です。公証人に口述し、条項末尾に趣旨を記載してもらいます。表現は読み合わせ時に調整できます。

Q4. 見せるべき?秘密にすべき?
A. ご家族の状況次第です。誤解が生じやすい内容は、生前の説明/エンディングノート併用が有効です。

おわりに:「付言の力」


同じ内容の遺言でも「付言の有無」で家族の反応がまるで違います。

とあるケースで、介護を担った長女が他の兄弟から不満を言われることを心配していました。


遺言書に「長女の介護に対する感謝の気持ちを込めて」という付言を加えた結果、


他の兄弟は納得し、争いのない相続が実現しました。

人は「なぜそうなったのか」を知れば、

たとえ結果に不満があっても受け入れられます。


付言はまさに、「家族を和解に導くメッセージ」だと言えます。